「広告をアップデートするアート思考」実現のための3つのヒント

皆さんこんにちは。萩原幸也です。

前回の更新から少し時間が経ってしまいましたが、これまでのコラムでは、広告をアップデートするための「アート思考」に関して、私なりの考えや、海外の実例を紹介しながらお話ししてきました。

この連載を一言で要約するなら、「アート思考を活かし、企業も自己表現を通じて広告をアップデートしよう」という提案です。しかし、こう感じられた方も多いのではないでしょうか──「それは理想論ではないか?」 と。

そう思われる理由は、大きく3つに集約されます。

1.利益に直接結びつくイメージが無い
2.議論を呼びやすくリスクが高い
3.社内での合意形成が難しい

これは、私自身も実務で痛感しているリアルな課題です。だからこそ、連載の締めくくりとして、こうした壁を越えるために、担い手が持つべき視点のヒントを整理してお伝えしたいと思います。

1. 企業のパーパスをベースに置く

パーパスとは「社会的存在意義」です。なぜこの企業が社会に存在しているのか、何を果たすために活動しているのかを明確にすること。これは企業視点のみのビジョンや売上目標なのではなく、社会との接点を起点に定義されるべきものです。

たとえば、ユニリーバのDoveは、パーパスとして「すべての女性が、自分の美しさに気づくきっかけをつくっていく」と掲げています。

このパーパスに基づき、2004年から続く「Real Beauty」キャンペーンでは、一般女性たちのリアルな姿を映し出しながら、それまでの美に対する固定観念の払拭に挑戦しました。その結果、単なる製品広告ではなく、社会的な議論を巻き起こし、ブランドへの深い信頼を築いています。

つまり、パーパスを基盤にすれば、自己表現的な広告も長期的にはブランドの強化に結びつくのです。短期の成果だけを求めず「何を約束する存在なのか」を貫くことで、ブランドはより強く育っていきます。

では、短期の利益は考えなくて良いのか?──もちろん、そんなことはありません。中長期を見据えながらも、短期的な効果をしっかりと上げたキャンペーンは過去にも数多く存在します。

重要なのは、どちらかを選ぶのではなく、両方を取りに行く志向を持つことです。そのためには、パーパスを単なる表層的なスローガンとしてではなく、その本質を理解し、柔軟に解釈しながら、ブレずに筋を通すことが求められます。自己表現のためには、自己を深く理解していることが必要なのです。

たとえば、好きなアーティストが毎回作風を変えていたとしても、変わらない信念があると感じられれば、私たちはむしろ信頼を深めますよね。企業におけるパーパスも、それと同じです。

2. 個のパーパスを信じる

アート思考を活かし、企業が自己表現を通じて広告をアップデートしていくためには、先に挙げた企業のパーパスだけでなく、それに携わる個々のメンバーが「自分は何を信じ、何を表現したいのか」を持っていることも重要です。現場の創造力は、トップダウンだけでは生まれません。

たとえば、ナイキの「Just Do It.」というスローガンも、一人のコピーライター、ダン・ワイデンの個人的なインスピレーションから生まれました。「行動することの大切さ」という彼の個人的信念が、ナイキというブランドのパーパスと響き合い、世界的なメッセージへと昇華したのです。

このように、個々の表現への信念が、企業の自己表現を豊かにするのです。リスクを恐れず、個人のパーパスを育み、尊重することが、アート思考的な広告表現を可能にします。

3. サイエンスとアートは二項対立ではない、と理解する

データドリブンなマーケティングと、直感や感性に基づくクリエイティブは、しばしば対立構造で語られがちです。しかし私は、この二つは本来、補完しあうものだと考えます。

データは今の社会や生活者を深く洞察するための強力なツールです。そこにアート思考を重ねることで、「まだ誰も見たことのない未来」や「新しい価値提案」を描くことができます。つまり、サイエンスの裏付けがあるからこそ、感性の表現にも社内で説得力が生まれるのです。社内での合意形成においても、「データを起点にしながら、未来を描く」という姿勢は非常に有効です。

また、上記は正攻法なわけですが、時には“しれっとやってみる”ことも大事です。全てがデータで語れるのであれば、苦労はないわけですから。もちろん、スタンドプレーによってパーパスを侵害してしまうようなことになってはいけません。企業と自己のパーパスの重なり合いを意識しながら、なんとしてでも信念を達成しようとする行為が「アート」な広告をつくり上げるのだと私は思っています。

***

最後に、この連載を通して私が伝えたかったのは──
広告とは単なる販促ツールではなく、企業が社会に向けて自己表現する「文化活動」であるべきだ、ということです。そして、その挑戦にはアート思考が不可欠です。

これからの時代、広告はもっと自由に、もっと人間らしくなれるはずです。その未来に向かって、一歩ずつでも、皆さんと一緒に進んでいけたら嬉しく思います。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

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萩原 幸也
萩原 幸也

リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター/部長。山梨生まれ。2006年武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科卒業後、リクルート入社。リクルートグループのコーポレート、サービスのブランディング、マーケティングを担当。カンヌライオンズ グランプリなど国内外のアワード受賞。SNSでの総フォロワーは10万を超える。母校である武蔵野美術大学にて社会人への創造的思考育成プログラムの立案、講師も務める。
武蔵野美術大学大学校友会 会長/武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員/JAA 公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員/県庁公認 山梨大使

萩原 幸也

リクルート マーケティング室 クリエイティブディレクター/部長。山梨生まれ。2006年武蔵野美術大学 造形学部 デザイン情報学科卒業後、リクルート入社。リクルートグループのコーポレート、サービスのブランディング、マーケティングを担当。カンヌライオンズ グランプリなど国内外のアワード受賞。SNSでの総フォロワーは10万を超える。母校である武蔵野美術大学にて社会人への創造的思考育成プログラムの立案、講師も務める。
武蔵野美術大学大学校友会 会長/武蔵野美術大学ソーシャルクリエイティブ研究所 客員研究員/JAA 公益社団法人 日本アドバタイザーズ協会 クリエイティブ委員/県庁公認 山梨大使

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