前回、前々回とGoogle独禁法裁判と、証言台に立ったOpenAI、Yahoo、新興AI企業のPerplexity AIという各社のそれぞれの思惑について解説しました。
今回は、AIの登場による検索、ブラウザ市場の歴史的分岐点を現在迎えているという状況、そして広告業界とビジネスモデルへの影響に触れて締めくくりたいと思います。
「検索の王者」と「AIの新星」の綱引き
検索エンジンという土俵に限れば、これまでGoogleに匹敵する存在は現れず、私たちの日常においても「調べ物はとりあえずGoogle検索」が当たり前でした。そんな中、OpenAIのChatGPTは従来と異なる対話形式での情報検索を可能にし、「検索の未来像」を感じさせる存在としてGoogleの脅威に浮上しました。
ChatGPTは必ずしも検索エンジンそのものではありませんが、人々が知りたいことを尋ねて回答を得るという点で検索の代替にもなり得ます。「検索窓に単語を入力してリンクをクリックする」という従来のパターンから、「AIに自然な質問をして直接答えを得る」という新しいパターンへの移行は、検索の概念そのものを変える可能性を秘めています。
こうした競争関係にありながらも、GoogleとOpenAIの間には協業の芽も存在していました。前述のように、OpenAIのニック・ターリー氏は昨年Googleに対して検索エンジンAPI利用の打診を行っています。またOpenAIの最高経営責任者サム・アルトマン氏とGoogleの経営陣との間で非公式な対話があったとの報道もあります。
背景には、OpenAIが自社サービスの改善にGoogleの優れた検索データや技術を活用したいという意図があり、一方Google側も単独では追いきれないAI革新の波に乗り遅れまいとする思惑があったと推察されます。これはまさに「敵の敵は味方」ならぬ「競争相手も時に協力者」という複雑な関係性を示しています。
しかし現実には、GoogleはOpenAIとの連携には慎重で、提案を断ったばかりか、むしろ自社の検索分野での優位がAI時代に転用されることへの警戒を強めています。
司法省は法廷で「Google検索の独占がそのままAI分野での優位につながり、GoogleのAI製品はユーザーを再び同社の検索サービスへ誘導する手段になりかねない」と指摘しました。
Googleも手をこまねいているわけではなく、自社の存在感を示すため、検索と連動する独自のAIチャットボットや、Androidスマートフォン向けにAI機能「Gemini」を標準搭載することなどを計画し、AI×検索の主導権争いに臨んでいます。これは「検索の王者」が「AIの新星」に対抗して自らも変革を遂げようとする姿勢の表れと言えるでしょう。
こうした中で飛び出したOpenAIによるChrome買収への興味表明は、Googleからすれば自社の牙城に対する虎視眈々とした動きに映ったことでしょう。GoogleとOpenAIは「検索の王者」と「AIの新星」という立場で互いに意識せざるを得ない間柄であり、今回の裁判はその綱引きが表面化した場ともいえます。
今後、両社が直接協業に踏み切るのか、それとも熾烈な競争を繰り広げるのかは予断を許しませんが、少なくとも現在は裁判の場で真っ向から対立している状態です。
従来型の検索エンジンに頼る比重も減る?
この独禁法裁判の行方次第で、検索市場とブラウザ市場の勢力図が塗り替えられる可能性があります。仮に裁判所がGoogleに対してChromeの売却を命じるようなことがあれば、検索の入口であるブラウザをGoogleが失うことになり、業界地図は激変するでしょう。
他社がChromeを取得すれば、Chromeの既定検索エンジンがGoogleから別のサービスに置き換わる可能性があります。そうなればGoogle検索へのトラフィックは大きく削がれ、検索広告収入にも打撃となるかもしれません。これは「検索の王者」Googleにとって、まさに「玉座からの転落」を意味する事態です。
検索広告はGoogleの親会社であるAlphabetの収益の大部分を占めており、その流入経路が細れば企業としての根幹が揺らぐことになります。またAppleやSamsungといったパートナーも、現状では巨額の提携料に釣られてGoogle検索をデフォルト採用していますが、それが禁止されれば代替として他社検索エンジンや自社開発の検索への切り替えを模索するでしょう。アップルなどは独自検索エンジンの開発が度々噂されており、Googleへの依存度を下げる好機と捉えるかもしれません。
一方で、仮にChromeの強制売却までは至らなかった場合でも、ブラウザ・検索市場の競争はこれまで以上に活発化しそうです。今回の審理過程でYahooやOpenAIが自社ブラウザ開発に動いていることが明らかになったように、「ポストChrome」を狙う挑戦者が相次いでいます。
生成AIを組み込んだ“次世代ブラウザ”の構想も現実味を帯びてきました。たとえばOpenAIはChrome買収が叶わなくとも、自前でChatGPTと統合したブラウザを開発する可能性があります。それは、ユーザーがブラウザ上でテキスト入力するだけでAIが質問の意図を理解し、必要な情報を探し出して提示してくれるような、まったく新しい体験かもしれません。
Perplexityが準備中のCometも「音声や自然文で命令するだけでウェブ操作ができる」ブラウザを目指しており、閉じたタブを開き直すといった操作も人間の言葉で指示できるといいます。
「タブを閉じちゃったけど、さっきのニュースサイトをもう一度開いて」と話しかけるだけで操作できるようになるかもしれません。こうしたAIアシスタント機能を前提としたブラウザが普及すれば、我々の情報収集のスタイルそのものが変わり、従来型の検索エンジンに頼る比重も減るかもしれません。
広告業界とビジネスモデルの転換点
検索やブラウザの競争構造変化は広告業界にとっても他人事ではありません。検索連動型広告の市場規模は言うまでもなく巨大であり、Google支配が緩めば広告出稿戦略にも影響が及ぶでしょう。また、ユーザーが情報を得る経路が多様化すれば、企業のマーケティング手法も変わらざるを得ません。
OpenAIやYahooがChrome獲得に成功すれば、それぞれのプラットフォーム上で新たなサービス連携やビジネス展開が生まれることでしょう。逆にGoogleがなんとかChromeを守り抜いたとしても、今回の裁判で明るみに出た各社の野心を踏まえ、今後はいっそう透明性の高い競争環境を整えたり、ユーザーの選択肢を尊重する方策を打ち出したりすることが求められるでしょう。
最終判断が下される夏まで、業界関係者は固唾を飲んで見守っています。この裁判の決着は、単にGoogle1社の将来だけでなく、インターネットの「入り口」を巡る覇権争いの行方を左右する歴史的な分岐点となりそうです。
