インターネットの「入口」を巡る覇権争い
皆さんは日々どのようにウェブを閲覧していますか? おそらく多くの方が「Chromeでサイトを開き、わからないことがあればGoogle検索で調べる」という流れを無意識に繰り返しているのではないでしょうか。
この「当たり前」の背景には、Google社が築き上げた圧倒的な市場支配力があります。しかし今、この「当たり前」が大きく揺らぎつつあるのです。
Google社が提供する検索エンジンとウェブブラウザ(Chrome)は、世界で圧倒的なシェアを誇り、私たちの日常に深く浸透しています。検索分野ではGoogleは長年シェア9割前後という驚異的な数字を維持し、まさに「検索=Google」という図式が成立しています。
Chromeも同様で、世界のウェブブラウザ市場の約3分の2(67%程度)を占め、月間ユーザー数は推定で30億人規模とも言われています。これはインターネットの「入口」を事実上独占している状態と言えるでしょう。
しかし近年、この2つの事業がその市場支配力ゆえに各国の規制当局から独占禁止法(反トラスト法)違反の疑いで厳しい視線を向けられています。特にアメリカで直近展開している裁判では、Google検索とChromeの分野に対し、思い切った改善措置(リメディ)が検討されており、場合によってはChrome事業の売却という劇的な可能性すら取り沙汰されています。
2025年現在、米国で進行中のGoogleに対する反トラスト法裁判(2020年提訴の連邦反トラスト訴訟)は佳境の「リメディ審理」に入っており、業界の未来を左右する重要な局面を迎えています。
検索やブラウザの競争構造変化は広告業界にとっても他人事ではありません。検索連動型広告の市場規模は言うまでもなく巨大であり、Google支配が緩めば広告出稿戦略や企業のマーケティング戦略にも影響が及ぶでしょう。今回は3回にわたり、その背景などを解説していきます。
「Chromeが欲しい!」各社の思惑
(※写真はイメージです)
裁判所がもしChromeの分離・売却を命じた場合、その買い手候補となる企業はどこなのでしょうか。この点について、今回のリメディ審理では興味深い証言が相次ぎました。OpenAI、Yahoo(ヤフー)、そしてPerplexity AIといった企業の幹部が相次いで証言台に立ち、「自社がChrome買収に興味がある」旨を表明したのです。
Chromeは世界で最も広く使われているブラウザだけに、もし売却となれば極めて魅力的な資産です。ある証人は「Chromeはウェブ上で最も重要な戦略的拠点とも呼ぶべき存在だ」と評し、誰もが喉から手が出るほど欲しがるだろうと述べました。
これは言い得て妙で、ブラウザはユーザーがウェブにアクセスする「玄関口」であり、その玄関口を押さえることは、デジタル世界の「不動産」で最も価値ある場所を手に入れるようなものと言えるでしょう。
証言の中でもまず注目を浴びたのは、OpenAI社の発言です。OpenAIでChatGPTのプロダクト責任者を務めるニック・ターリー氏は4月22日の法廷で証言し、「もし裁判所がChromeの売却を命じることになれば、OpenAIはその買収に強い関心がある」とはっきり表明しました。
ターリー氏は司法省側(原告側)の証人として呼ばれた人物で、AI業界のスタートアップがGoogle検索の独占によって不利益を被っている実例として証言に立った形です。
Even the best human assistants are only so helpful on day one. I think we’ll look back on memory as a foundational building block of general‑purpose intelligence. Plenty more to build. Can’t wait to hear your thoughts! https://t.co/Fq2WMIsH3c
— Nick Turley (@nickaturley) April 10, 2025
ChatGPTのプロダクト責任者、Nick Turley氏のXアカウントより。
そのターリー氏が語ったところによれば、OpenAIは自社のAIをより多くのユーザーに届け、かつ「AIファーストのブラウザとはどういうものかをユーザーに示したい」という野心を持ってChrome買収に意欲を示しているとのこと。
実際、OpenAIは将来的に自社でウェブブラウザを開発することも検討しており、Google Chrome創成期の主要エンジニアであったベン・グッドガー氏やダリン・フィッシャー氏といった人材を迎え入れるなど、水面下で動きを見せています。それだけに、「既に開発する気満々なら、いっそGoogleからChromeそのものを買ってしまった方が早い」と考えても不思議ではありません。
裁判で示された電子メールによれば、OpenAIは昨年(2024年)夏にGoogleに接触し、ChatGPTの回答精度を高めるためGoogleの検索エンジンをAPI経由で利用させてほしいと打診したことも明らかになりました。OpenAIの申し出は「ユーザーにより良いプロダクトを提供するためには複数のパートナー、特にGoogleのAPIがあることが望ましい」という内容でしたが、Googleはこれを拒否しています。
現状、ChatGPTはマイクロソフトの検索エンジン「Bing」のデータを利用して最新情報への回答を行っています。しかしターリー氏は、Googleのリアルタイム検索データにアクセスできれば「より優れた製品をより早く構築できる」と述べ、検索データ開放やChrome買収が実現すればOpenAIのサービス向上に大いに役立つとの考えを示しました。
OpenAIにとってChrome買収は、単にブラウザ市場への参入というだけでなく、自社AIのプラットフォームを手に入れることで検索×AIの主導権を握る狙いがあるようです。
これは裏を返せば、Googleが検索市場で築いてきた牙城に対するAI企業側からの大胆な攻勢と言えるでしょう。「検索の王者」に対する「AIの新星」による挑戦状とも言えるこの動きは、インターネットの未来図を塗り替える可能性を秘めています。
次回はYahooやPerplexity社の立場に触れながら、引き続き広告・マーケティング分野への影響を考えていきます。
